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ポンコツ悪役令嬢の観察記録 ~腹黒執事は、最高のショーを所望する~
ポンコツ悪役令嬢の観察記録 ~腹黒執事は、最高のショーを所望する~
Author: 裃 左右(かみしも そう)

第1話 プロローグ ~ 開幕までのいきさつ

last update Last Updated: 2025-09-24 17:35:23

 この世がすべてひとつの舞台だとして、男も女もみな役者に過ぎぬとしても。

 そう。わたくし、ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイの人生は、豪華絢爛かつ、研鑽と叡智に満ちたものでありましたとも。

 社交界の華、才色兼備の煌めき。望むものはすべて手に入れ、退屈な殿方からの恋文は暖炉の焚き付けに。

 まるで不満はなかったの、何ひとつ!

 そんな華々しい人生が、ガラガラと安っぽい音をたてて崩れたのは、十六歳の誕生日を間近に控えた、ある晴れた日の午後だったのですわ。

「あら、なんて良い香り。この紅茶、とても美味しいですわね、パパ」

「そうだろう? ようやく届いた特別な茶葉なんだ」

 わたくしの言葉に、父は得意げに笑う。本当に素敵。

 でも、ちょっとだけ嫌な予感がしたのです。

 父は良い話だと、なにかとフライングしがちな迂闊さがあるのだけれど、それともなんだか違うような、妙な気分。

「それで、お話というのは何ですの? そんなに改まって」

 そう、忘れもしない。

 我がシャーデフロイ伯爵家が誇る薔薇の庭園。伝統ある深紅の品種『グラン・アムール』から、改良を重ね生み出された幻の青薔薇『レーヴ・ドゥ・ニュイまで。

 多種多様な花々が競い合う。さながら芳香の舞踏会。

 そんな白亜のガゼボからの眺めは、いつだってわたくしのお気に入り。

 父であるウェルギリ伯爵が、極上のダージリンを勧めながら、爆弾を投下するまでは。まあ、本当に悪くないお茶会でしたのよ。

「ビーチェ、王太子バージル殿下との婚約が、内々に決まった」

「――は?」

 ガチャン。ティーカップを、危うく割るところでしたわ。

 王太子殿下との婚約。

 この国における、女性にとっての最高の名誉。いずれ国母となる、栄光への階梯。心臓が、期待に、大きく跳ねる。

 もちろん、わたくしにこそ相応しい立場ですとも!

「まあ、お父様っ! わたくしが殿下と!?」

「いかにも。王たっての願いだ、光栄なことだよ」

 ええ、当然よね。だって、わたくしですもの。

 でも、そんな喜びも束の間よ、すぐに冷静になったの。“麗しの”バージル殿下のお顔が浮かんだ途端にね。

(えっ、でも|アレ《・・》と結婚するの!?)

 まず、顔は良い。そこは認めますわ。

 陽光を溶かし紡いだ金髪、|湖の青《レイクブルー》を閉じ込めた碧眼。肌は磨き上げられた象牙細工のよう。そうね、お顔だけは国宝級。

 で・す・が! 冗談ひとつ通じない、あの性格!

 アカデミーでは「歩く氷点下」「笑わずの王子」「アイスマン」とまで呼ばれている、あの堅物中の堅物!

 父と一緒になって、古代の詩集に涙する(強面の癖に、父は乙女チックな詩が大好きなの)、わたくしとは、水と油どころか雪とマグマのように相容れないわ!

「つまり、あの仏頂面と毎日顔を合わせるということですの!? 絶対に、ずぇ~ったいに無理ですわ!」

「お、おいビーチェ。さすがに不敬が過ぎるぞ!」

 思わずほとばしった絶叫は、本心そのもの。

 いえ、国母になるのは全然やぶさかではないのですけれど、無理なものは無理でしょう。

「そうはいうが、民からの人気は絶大だぞ。公明正大、文武両道、立ち振る舞いも覇気があると評判だ」

「あのね、パパ! 国中の民にスマイルサービスできても、肝心のわたくしに、愛想一つも向けられないのが問題なのよ!」

「う、む。妻になれば……まあ、その、なんだ。態度も違うかもしれんではないか」

 百戦錬磨の策略家として名高い父が、どこか苦渋に満ちた顔を逸らす。

 なにか胡散臭い態度。

 ええ、でも、立場上、拒否権などないことくらいは、理解する分別はありましたのよ。この時は、まだ、ね。

***

 後日、婚約の発表を前に、我が家でセッティングされたお茶会。

 甘い雰囲気を期待したわけではないけど、悪夢以外の何物でもなかったわ。

 お茶を淹れるのは、わたくしの専属執事――イヅル・キクチ。

 音もなくシルバーポットから注ぐ、最高級の茶葉の香り。

 パティシエが腕によりをかけた季節のフルーツタルトの、宝石のような煌めき。

 こんなにも雅なもてなしなのに、主役である王子は、石像みたいに硬い表情。

「ベアトリーチェ嬢、か」

 値踏みするような第一声。

 わたくしは、反射的に背筋を伸ばし。淑女の笑みを披露しましたわ。

「はい、殿下。本日は御来訪いただきまして、心より感謝いたしますわ」

「かのシャーデフロイ家の娘と聞いて、どんな腹黒い女狐かと身構えていたが」

「は?」

 今、この方はなんとおっしゃった。女狐?

「どうやら、存外、普通の令嬢のようだな」

 侮辱。

 ええ、他に解釈もしようがないほどの侮辱。

 浮かべた笑顔が、微動だにしなかったのは、長年の淑女教育の賜物よ。

(普通ですって? 数多の令息たちから熱烈な恋文を受けた、この社交界の華、ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイを捕まえて、ふ、普通っ!?)

 バージル殿下は、渦巻く憤りなど露知らず。紅茶を含むと、心底興味なさそうに続けた。

「まあ、いい。これは王家と伯爵家における、政治的決定だ。余計な期待はせぬようにな。よろしいか?」

 それは恋も愛も、一欠けらも婚約に存在しないという宣告。

(せめてっ! 今日のために新調した、この水仙色のドレスを褒めなさいよ! あなたの瞳に合わせて選んだ、わたくしの気遣いがわからないの!? この馬鹿王子っ!)

 許されるなら、すぐさま紅茶を、鑑賞用のお顔にぶっかけてやりたかったわ!

 でも、扇で口元を隠しながら「はい、畏まりました」と頷くのが精一杯。

 そこに、専属執事イヅルが割って入る。銀縁眼鏡がきらりと光った。

「殿下。茶のお代わりは、いかがでございましょうか」

「……もらおうか、味は悪くない」

「ありがたき幸せにございます」

 空になったカップに紅茶をとくとく注ぐ、イヅル。レンズ奥、黒曜石の眼差しからは何の感情も読みとれない。

「聞いた記憶はある。シャーデフロイ家に、辺境島国から来た一族が仕えていると。……イヅル、と言ったか。確かに、我らとは違う毛色をしているな」

 バージル殿下は矛先を、今度はイヅルに向けた。

「はい。殿下のお目に留まり、光栄の至りに存じます」

「まさか、祖国から追放された身の上か? 流刑された犯罪者の末裔ではあるまいな?」

「いえいえ、滅相もございません。およそ百年前のこと。我らは、お仕えする主君を求め、故郷の島国を旅立ったのでございます」

「ほう。そこで見つけたのが、翼を持つ毒牙と|ジェンシャン《リンドウ》を冠する、この『|業深き骸山の館《シャーデフロイ》』だと?」

「仰る通りでございます。我らにとっては、まさに僥倖だったのでしょう」

 イヅルは当たり障りのない答えで、さらりと侮辱を受け流す。

(この馬鹿王子。……わたくしの執事を犯罪者の末裔呼ばわりしたわね!?)

 ああ、もうっ! まったく勝手なことばかり。

 この婚約、どうしてこんなことになってしまったの!

 ……けれど、なぜかしら。

 イヅルの声に、ほんの微か。ショーを観劇している時のような、愉悦の響きが含まれているように、聞こえた気がしたの。

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